1952年に世界初のラボグロウンダイヤモンド製造が成功して以来、その技術は向上を続けてきています。特にここ数年では、技術向上に加え市場の拡大とそれに伴う生産拡大が相まって価格は大幅に低下しており、この5年間では1カラットあたりの価格は90%低下したと言われています。
このような状況の中、デビアスの子会社であるエレメントシックスが宝飾用ラボグロウンダイヤモンドの生産から撤退したというニュースは記憶にも新しいと思います。一方でラボグロウンダイヤモンドの販売量は増加しており、2023年には全ダイヤモンド販売のうち18.5%を占めており、2024年には20%を超えると業界アナリストは考えています。
伝統的な宝石の定義は「美しさ」「耐久性」そして「希少性」の3つを満たすものとされており、ラボグロウンダイヤモンドは「希少性」の条件を満たしていないため宝石ではない、と主張する人もいます。しかし問題は、ラボグロウンダイヤモンドは天然ダイヤモンドと物理的、化学的に完全に同一の物質であり、人間の目から見て間違いなく魅力的だということです。この事実は、ラボグロウンダイヤモンドに明らかに多くの可能性をもたらします。
もちろん、ラボグロウンダイヤモンドのもう一つの分野、半導体などの産業分野でのラボグロウンダイヤモンドの可用性と魅力は計り知れず、この分野にとってラボグロウンダイヤモンドの価格の低下は間違いなくメリットと言えます。
一方で宝飾品、ラグジュアリー商品としてのラボグロウンダイヤモンドとしてはある程度の価値の維持が求められます。ジュエリーを購入する、または愛の証として送るという行為の満足感は、ある程度のお金を費やしたという事実が関係するためです。しかし、ラボグロウンダイヤモンドは天然ダイヤモンドには難しい方法でこの価値を引き出すことが可能であり、そしてそれはラボグロウンダイヤモンドの価格が低下することによって実現できることでもあります。
例を挙げると、タグホイヤーにはラボグロウンダイヤモンドを使用した「カレラプラズマクロノグラフ」という時計があります。リューズ、ブランドロゴなどの形に加工されたラボグロウンダイヤモンドが組み込まれており、また特殊な形状のラボグロウンダイヤモンドがシームレスにケースにセッティングされています。これを天然ダイヤモンドで実現することは不可能ではないかもしれませんが、極めて難しい製品になることは想像に難くありません。
ラボグロウンダイヤモンド企業、ALTRのアーミッシュ・シャーは「ラボグロウンダイヤモンドは、従来の(ジュエリーの)ラインの外に出て、天然ダイヤモンド作成できない製品を視覚化し、想像する能力を提供します。」と述べています。シャーは、インテリアレーザーライトを含むカスタマイズされた車のデザインにラボグロウンダイヤモンドを使用したクライアントについて説明しました。このクライアントは、グレーとブラックのダイヤモンドをヘッドライトの点灯と連動させてキャビン全体に光を屈折するようにしたいと考えていました。「これはライトとダイヤモンドをルーフに取り付けて生産された唯一の車です。」とシャーは述べています。
また、昨年ラボグロウンダイヤモンドのコレクションをスタートさせたプラダは、ラボグロウンダイヤモンドを「革新的な素材とプロセスを通じて製品を再考するというプラダの創造哲学の一部」と位置付けています。プラダのジュエリーディレクターであるティモシー・イワタは、「ラボグロウンダイヤモンドの可用性の1つはダイヤモンドのカットの可能性を広げること、もうひとつは高級素材という概念の限界を押し広げるということです。既存のマテリアルをカスタマイズするということだけではありません。私たちは顧客のためにその素材の可能性を広げていきます。」と述べています。
実際、プラダは特殊なプラダカットのラボグロウンダイヤモンドを開発、天然ダイヤモンドでは実現が難しいジュエリーのコレクションを発表しています。
またフランスのフランスのラボグロウンジュエリーブランド「Unsaid」は5つの特許を持つ10カラットのリング”Rem X”を43,000ドルで販売しており、このリングは2023年の「レッド・ドット・デザイン賞」を受賞しています。このRem Xには特別に設計、成長しカットされたラボグロウンダイヤモンドがリング全周にセッティングされており、明らかに「天然ダイヤモンドを超えた価値」を実現しています。
日本では当協会会員でもあるピュアダイヤモンド社がアルファベットにカットしたラボグロウンダイヤモンドのコレクションを発表しています。アルファベットのダイヤモンドは適した天然ダイヤモンド原石が少なく、また適した原石があったとしても歩留まり(原石からの目減り)が極めて悪く、天然ダイヤモンドでの安定供給は不可能です。しかし、ラボグロウンダイヤモンドによってこのような新しいダイヤモンドの楽しみ方や可能性が広がっています。
香港を拠点とするFuture Rocksでは、ラボグロウンホワイトサファイアで作ったリングにラボグロウンダイヤモンドをセッティングした「The Ring」リングを製造しています。同ブランドはまた最近カナリアイエローのダイヤモンドで作ったブロンディと呼ばれるバージョンをデビューさせました。同社CEOのアンソニー・ツァンは「これらは、ラボグロウンダイヤモンドとラボグロウン宝石が引き寄せられるべきだと私たちが信じる種類のものです。」と言い、このアプローチを「イノベーションの設計」と呼びました。
ラボグロウンダイヤモンドの登場により、ジュエリー、そしてジュエリー以外の例えば家具、自動車、家庭用品などにダイヤモンドを使用できる可能性が広がっています。また、今まで想像もしなかった、または想像しても実現ができなかったジュエリーを生み出すチャンスに恵まれました。これはラボグロウンダイヤモンドのコストが下がったことによって実現することです。ラボグロウンダイヤモンドは人間の技術を創意工夫の産物であり、そしてそれをどう使用するかも我々人間の管轄なのです。
宝石やジュエリーは、それ身につけることによって、自分が誰であるのか、何に属し、どのステータスで何を信じているかを示します。つまりアイデンティティを表すものとしてジュエリーは存在します。これは今後も真実であり続け、テクノロジーが希少性を凌駕した現代においてこれは私たちの想像力によってさらに発展できるものになるでしょう。
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